マニエリスム(ダビンチ後)

提供: UselessNotes
ナビゲーションに移動検索に移動

マニエリスム(ダビンチ後)16C後半世界に広まる

語源はイタリア語「礼儀作法」から 美術の世界では洗練や優雅さ技巧などを強調した一種の「気取り」あるいは「スタイル」のこと

@「マンネリ」の語源?

宗教革命など混乱した社会に発生した芸術様式

  • マニエラ=手法・様式のこと

画家たち

  • ヤコポ・ダ・ポントルモ 「十字架降下」1525-28 サンタフェリチタ聖堂
    • 油彩板313*182
    • 十字架がない。西洋の規範であるシンメトリー構図の崩壊
    • 全体不安定 イエスを支える天使。体をSの字に曲げている
    • イタリア人 はかなげ、ゆううつ、変わり者
  • アーニョロ・ブロンズィーノ  「愛の勝利の寓意」1544-45 ナショナル・ギャラリー(ロンドン)
    • 油彩板 146*116 宮廷好み・優雅で洗練された 白い肌
  • パルミジャニーノ 「長い首の聖母」1535 ウフィッツィ美術館(フィレンツェ)
    • 油彩板216*132 長い首のマリア イエスの体が落ちそう
    • 名前はパルマ人という意味 37歳で精神を病んで亡くなる。とびきりの美青年

エル・グレコ(1541-1614)

  • 「聖衣略奪」1577−79 トレド聖堂
    • 油彩キャンバス 285*173
    • >「聖衣剥奪」の主題は当時極めて珍しいものであった。後述の問題視されたポイントは二つある。一つ目は画面左下に描かれた聖母マリア、マグダラのマリア、小ヤコブの母の存在である。彼女たちに関する聖書の記述はなく、それ故にグレコのこの解釈は異端的と考えられることとなった
    • >画面構成は独創的であったが、それ故に注文主であった大聖堂参事会側から非難の声が上がった。この結果、当初グレコが要求した額から大幅に報酬が減額された。二点目として、キリストを取りまく群衆の頭が、そのキリストよりも上に描かれていることも批判の対象とされた>by wikipedia
  • 「オルガス伯爵の埋葬」1586−88 サント・トメ聖堂(トレド・スペイン)
    • 460*360
    • プロポーション常に歪み、引き伸ばされている
    • デフォルメ、マニエリスム
  • クレタ島生まれ
  • 20歳でヴェネツアその後スペインのトレドで活躍

フランス フォンテンヌブロー派

>風俗的エロテック、宮廷芸術、寓意

>パリ近郊のフォンテンヌブロー宮殿で活躍した画家たち

有名な画家としては

  • 「ガブリエル・デストレとその妹」1594 ルーブル美術館
    • 油彩板 96*125
  • 「双子のビーナス」 アンリ4世の寵姫
    • 制作者不明 


 その他

  • アルチンボルド 独特なマニエラ(スタイル) ウイーン、プラハ


西洋美術史簡略

---