室町時代概要

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  1. 室町時代概要

南北朝時代(1336〜1392年頃)

  • 後醍醐天皇の吉野(南朝)と足利尊氏の京都(北朝)に朝廷が分立・対立した混迷期で、広義の室町時代(1336〜1573年)に含まれます。第3代将軍足利義満が1392年に両朝を合一して室町幕府の全盛期を築きましたが、後に応仁の乱(1467年)で幕府は衰退し、戦国時代へ移行
  • 概要: 建武の新政崩壊後、後醍醐天皇が吉野へ逃れ、足利尊氏が京都に別の天皇(光明天皇)を擁立したことで朝廷が2つに分裂。
  • 主な動き: 約60年間にわたり全国で内乱が続く。
  • 特徴: 騎馬戦から徒歩中心の集団戦へ変化し、大型の太刀や実用的な武器・防具が流行した。
  • 終焉: 1392年、3代将軍足利義満が「南北朝の合一」を果たした。

南朝(吉野)

  • 後醍醐天皇 新政をやりたがった
    • 建武の新政 >武士が反旗を翻す 天皇は吉野に逃げて南朝を立てる
  • 後醍醐天皇 新政をやりたがった
    •  建武の新政 >武士が反旗を翻す 天皇は吉野に逃げて南朝を立てる
    • 建武の新政(けんむのしんせい)は、1333年の鎌倉幕府滅亡後、後醍醐天皇が天皇親政(天皇自らの政治)を目指して始めた、1334〜1336年の約2年半の政治体制です。公家(貴族)優遇や武士の冷遇により不満が高まり、足利尊氏が挙兵して崩壊した、南北朝時代へとつながる一時的な公家政権です> 足利尊氏挙兵 1336 で終わる
    • 奈良の吉野で南朝を開く 1392

北朝(京)

  • 足利尊氏が立つ 征夷大将軍の任命権は天皇だが?
  • 南北朝の北朝に「光明天皇」を担ぎ上げる

室町時代 1336/1338〜1573

概要: 足利氏が京都(室町)に幕府を置いて統治した時代。 時代区分: 前期は南北朝の動乱、中期は義満による安定と北山文化・東山文化、後期は応仁の乱以降の戦国時代へと展開。 文化・経済: 禅宗文化の影響を受けた生け花、茶の湯、能が発展し、日明貿易(勘合貿易)や農業技術の向上で経済が成長。 終焉: 1573年、15代将軍足利義昭が織田信長により京都から追放され、幕府は滅亡した

鎌倉時代との違い

  • 政治の中心が鎌倉から京都に移るにあたり、六波羅探題の相当する「鎌倉府」を設けた
  • 鎌倉府(かまくらふ)は、室町幕府が関東地方(+伊豆・甲斐・奥羽)を統治するために鎌倉に置いた出先機関です。別名「関東府」とも呼ばれ、足利尊氏の次男・基氏を初代とする「鎌倉公方(くぼう)」が長官となり、補佐役の「関東管領(かんとうかんれい)」とともに、幕府から独立性の高い政治・軍事政権として約100年間続きました

南北朝時代と室町時代の関係

  • 南北朝時代は、室町幕府の初期〜中期の約50年余りを指す、特に争乱の激しい期間の呼称です。室町時代全体の中の、最初の混沌とした混乱期と言えます
  • 三管領 室町幕府において将軍を補佐し幕政全般を取り仕切る最高職「管領」に就任する資格を持つ、足利氏一門の有力守護大名である斯波(しば)・細川(ほそ川)・畠山(はたけやま)の3家を指す
    • 四職ししき 山名、赤松、一色、京極
  • 執権 北条家  2023 NHK大河ドラマ13人の御家人
  • 地方には守護大名(力が強く、連合政権だった)

足利義満

京都室町に「花の御所」政治を行う 南北朝統一 1392 交替で天皇をやろうと持ちかけ騙した。最初は北朝 勘合貿易 北山文化 金閣寺

三種の神器

  • 八咫鏡(やたのかがみ)  伊勢神宮
  • 天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)(草薙の剣) 熱田神宮
  • 八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま) 皇居
  • すべて紛失したとも言われている

足利義教よしのり(元僧侶)

  • くじ引きで決めた?
  • 義満を上回る凄腕
  • 九州平定 関東公方を抱き込む 勘合貿易再開

足利義政 8代 

優柔不断でだめ将軍 →応仁の乱1467を招いた(跡目争い) 有力守護を抑えきれなかった 日野富子が妻 東山文化 文化人 銀閣寺 文化的評価高い 書院造り

  • 観阿弥・世阿弥 能楽(狂言を含めて)元は猿楽から
  • 猿楽(さるがく)は、奈良時代に中国から伝来した「散楽」が日本古来の芸能と融合し、平安・鎌倉時代に栄えた歌舞、物まね、滑稽な寸劇(狂言)などを含む民衆芸能です。室町時代に観阿弥・世阿弥父子が大和猿楽として洗練させ、現在の能と狂言の基礎を確立しました
  • 連歌
  • 浦島太郎、一寸法師 >御伽草子
  • 雪舟

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