日本書紀20230817
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埋葬は
寄り道
- 野見宿禰
- 埴輪
- 卑弥呼時代までは大王が亡くなったときに奴隷や周辺の人達を生きたまま埋めていた
- 前方後円墳が出てきて埴輪を発生した
- 坂上田村麻呂 東北の蝦夷の大将「アテルイ王」を討ち取った
- もがり が発生
古墳形状
- 竪穴式 5C
- 横穴式
- 円墳か方墳 中国由来
- 前方後円墳 日本独自
- 朝鮮 一部見られるのは日本からの逆輸入 6〜7基
もちろん朝鮮の学者は認めたくない。朝鮮発祥だといいはる 任那時代に日本人が作ったと考えられている
- 舟塚山古墳(茨城県石岡市)
- 三昧塚古墳など人の生き埋めの跡は認められない
- 垂仁天皇時代は生き埋めしたという記述あり
- 「山城」という地名
- 「やまき」と読んでいたが垂仁天皇時代に「やましろ」に変わった
条里制
- 藤原京 持統天皇
- 運河をわざわざ造って平城京に建物を運んだ
- 漏刻(水時計) 飛鳥宮で発見された。天智天皇時代 近江神宮
石上神宮(いそのかみ)
日本最古の神宮。天理市 卑弥呼ゆかり 武器庫造ったのは物部氏 スサノオ 十握剣
部
- 部 とも 職能集団
- 伴 とも
- 倭文部(しとりべ) 機織り技術
- 正倉院 各部ごとに各寺 現在は東大寺のみ有名
八坂の勾玉 石上神宮に献上 田道間守命(三宅連の先祖)
- 生産物を保管する倉
- 重要なのは政府直轄の土地としたこと
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