「日本古代史マイ概略年表」の版間の差分
提供: UselessNotes
ナビゲーションに移動検索に移動
編集の要約なし |
編集の要約なし |
||
| 74行目: | 74行目: | ||
|- | |- | ||
| || || || 471 || 倭王の済、宋に朝貢(宋書倭国伝)、埼玉県行田市古墳出土の鉄剣銘に「ワカタケル大王」。熊本県出土の大剣銘と同一人物とされ、倭王の武、雄略天皇とされる|| || [[21雄略天皇]]|| | | || || || 471 || 倭王の済、宋に朝貢(宋書倭国伝)、埼玉県行田市古墳出土の鉄剣銘に「ワカタケル大王」。熊本県出土の大剣銘と同一人物とされ、倭王の武、雄略天皇とされる|| || [[21雄略天皇]]|| | ||
|- | |||
| 4-3 || || 後期 || 479 || || || || | |||
|- | |||
| || || || || 一部の地域で先駆的な初期群集墓が出現(奈良県橿原市新沢千塚古墳)。北部九州で横穴墓が出現(福岡県竹波横穴群)|| || || | |||
|- | |||
| || || 507 || 大伴金村ら、応神天皇5世孫と伝える男大亦王を越前の三国から迎え天皇の位へ|| || || [[継体天皇]] || | |||
|- | |||
| || || 527 || 近江臣毛野が6万率いて任那に向おうとするも新羅と通じた筑紫国造磐井氏と肥・豊の軍がはばむ(磐井氏の乱)|| || || || | |||
|- | |||
| || || 528 || 大将軍物部氏が磐井を惨殺(磐井氏の乱)|| || || || | |||
|- | |||
| || || 540 || 大伴連金村が任那問題で失脚。秦人・漢人の戸籍を作る(紀)|| || 任那滅亡? || [[欽明天皇]] || | |||
|- | |||
| || || 550 || 百済が高句麗の奴婢と捕虜を倭に贈る。近畿中央部を除く地域で大型前方後円墳が見られなくなる。関東地方では墳丘長60〜100m級前方後円墳が盛んに造営。関東では人物埴輪が盛行|| || || [[欽明天皇]] || | |||
|- | |||
| || || 564 || 北部九州で装飾古墳が盛ん(福岡県王塚古墳)|| || || || | |||
|- | |||
| || || 587 || 天皇の病を期に仏教を強く勧める蘇我氏、物部氏と中臣勝海が反対。物部氏と蘇我氏の宗教戦争に発展し物部氏敗れる|| || [[物部氏]] || || | |||
|- | |||
| || || 588 || 百済が仏舎利を献じ、僧・寺工・路盤博士・瓦博士・画工を贈る。蘇我馬子や善信尼らを百済に留学。飛鳥に法興寺(飛鳥寺)建立開始|| || [[飛鳥寺]] || || | |||
|- | |- | ||
| 5 || 飛鳥時代|| || || || || || | | 5 || 飛鳥時代|| || || || || || | ||
2025年11月10日 (月) 10:49時点における版
- 参考図書「歴史学研究会編 日本史年表 第5版」2028年2月5日 第2刷発行
| no(id_no) | 大分類(era1) | 中分類(era2) | 年代(year) | 重要エポック(points) | 関連ノート(link notes1) | 関連ノート(link note2) | コメント(comments) | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 旧石器時代 | |||||||
| 2 | 縄文時代 | |||||||
| 2-1 | 草創期 | 約16000年前(約13000年前) | ||||||
| 2-2 | 早期 | 前10000年頃(前7000頃) | ||||||
| 縄文海進 | ||||||||
| 2-3 | 前期 | 前5000年頃(前4500頃) | ||||||
| 2-4 | 中期 | 前3500頃(前3000頃) | ||||||
| 2-5 | 後期 | 前2500頃(前2000頃) | ||||||
| 2-6 | 晩期 | 前1200頃(前1000頃) | ||||||
| 亀ヶ岡式土器 縄文文化の集大成 | ||||||||
| 3 | 弥生時代 | |||||||
| 3-1 | 早期 | 前10世紀頃(前5〜前4頃) | ||||||
| 3-2 | 前期 | 前8世紀頃(前4〜前3頃) | ||||||
| 前5〜前4世紀頃 | ||||||||
| 3-3 | 中期 | 前4世紀頃(前2世紀頃) | ||||||
| 紀元前1世紀頃 | ||||||||
| 紀元前後 | ||||||||
| 3-4 | 後期 | 後57年 | ||||||
| 107 | 倭国王が後漢の安帝に生口160人を献ずる | |||||||
| 184年頃 | 倭国乱れる。長いあいだ盟主なし(魏志倭人伝)。卑弥呼がこの頃、王となる。鬼道につかえ、夫はなく、弟が統治を助けた(魏志倭人伝)。土器が地域の越えて移動が盛んになる。東日本中心に前方後円形墳丘墓が営まれる。西日本中心に前方後円形墳丘墓が営まれる | |||||||
| 248 | 卑弥呼がこの頃死す。奴婢100人あまりを殉葬する。男の王様を立てるが争ういがやまず誅殺され1000人余が殺されたという。卑弥呼の宗女、壱与(いよ)とも台与(とよ)ともよばれる女が女王となり治まった。@宗女とは==同宗(一族・血縁)の女性、特に後継者と目される女性==を指す言葉。この頃から西日本に前方後円墳が出現。竪穴式石室に多数の銅鏡、武器、農耕具が副葬される。弥生式土器の地域色が希薄になった土師器(はじき)が用いられ始めた。 | 土師器(はじき)↓(出現) | 土師氏↓ | |||||
| 266 | 倭の女王(壱与?)が西晋に朝貢(日本書紀神功紀など)。この後は413年まで中国の史書に倭の記述は見えない。@欠落した4世紀 | |||||||
| 3世紀後半〜 | 全国に前方後円墳が造られれる。@前方後円墳は地方豪族は許可制だったらしい。日本で銅鏡の製造が盛んになる。古墳の墳丘上に家型埴輪や盾・靭・蓋などの埴輪が出現 | 前方後円墳↓銅鏡↓ | 埴輪↓ | |||||
| 4 | 古墳時代 | 364年 | ||||||
| 4-1 | 前期 | 364年 | 百済人九氏ら卓淳国をたずね、倭国との通交を求める(日本書紀神功紀) | |||||
| 391 | 倭、百済・新羅を破り、臣民とする(高句麗広開土王碑) | |||||||
| 4-2 | 中期 | |||||||
| 392 | 百済が高句麗に屈する(三国史記)。北部九州の古墳に横穴式石室現る。乗馬の風習と古墳の副葬品に馬具が加わる。若狭湾など日本海でも土器製塩が始まる | 副葬品に馬具 | 横穴式石室↓ | |||||
| 405 | 朝鮮半島の陶質土器に影響を受けた須恵器の生産開始/ヤマト王権の大型前方後円墳が奈良盆地から大阪に移り巨大化。吉備地方や関東地方にも広がる | 須恵器↓(土師器と併用) | ||||||
| 421 | 倭王の讃、宋に朝見して武帝から叙授(安東将軍倭国王)(宋書倭国伝) | 倭の五王↓17履中天皇 | ||||||
| 430 | 古墳の副葬品に鉄製武器・武具の比率高くなる。被葬者の軍事的性格が強くなる | 副葬品に鉄製武器・武具↓ | ||||||
| 438 | 倭王の讃没し、珍が立つ。日本で最大規模の前方後円墳である現応神陵、現仁徳陵が造られる。農具の鉄器化 | 鉄製農具↓ | 15応神おうじん 16仁徳天皇 18反正天皇 | |||||
| 451 | 倭王の済、宋に朝貢。叙授(安東将軍)(宋書倭国伝) | ↓ | 19允恭天皇 | |||||
| 462 | 宋の孝武帝、済の世子の興を安東将軍倭国王とする(宋書孝武帝紀、宋書倭国伝) | 倭の五王↓20安康天皇 | ||||||
| 471 | 倭王の済、宋に朝貢(宋書倭国伝)、埼玉県行田市古墳出土の鉄剣銘に「ワカタケル大王」。熊本県出土の大剣銘と同一人物とされ、倭王の武、雄略天皇とされる | 21雄略天皇 | ||||||
| 4-3 | 後期 | 479 | ||||||
| 一部の地域で先駆的な初期群集墓が出現(奈良県橿原市新沢千塚古墳)。北部九州で横穴墓が出現(福岡県竹波横穴群) | ||||||||
| 507 | 大伴金村ら、応神天皇5世孫と伝える男大亦王を越前の三国から迎え天皇の位へ | 継体天皇 | ||||||
| 527 | 近江臣毛野が6万率いて任那に向おうとするも新羅と通じた筑紫国造磐井氏と肥・豊の軍がはばむ(磐井氏の乱) | |||||||
| 528 | 大将軍物部氏が磐井を惨殺(磐井氏の乱) | |||||||
| 540 | 大伴連金村が任那問題で失脚。秦人・漢人の戸籍を作る(紀) | 任那滅亡? | 欽明天皇 | |||||
| 550 | 百済が高句麗の奴婢と捕虜を倭に贈る。近畿中央部を除く地域で大型前方後円墳が見られなくなる。関東地方では墳丘長60〜100m級前方後円墳が盛んに造営。関東では人物埴輪が盛行 | 欽明天皇 | ||||||
| 564 | 北部九州で装飾古墳が盛ん(福岡県王塚古墳) | |||||||
| 587 | 天皇の病を期に仏教を強く勧める蘇我氏、物部氏と中臣勝海が反対。物部氏と蘇我氏の宗教戦争に発展し物部氏敗れる | 物部氏 | ||||||
| 588 | 百済が仏舎利を献じ、僧・寺工・路盤博士・瓦博士・画工を贈る。蘇我馬子や善信尼らを百済に留学。飛鳥に法興寺(飛鳥寺)建立開始 | 飛鳥寺 | ||||||
| 5 | 飛鳥時代 | |||||||
| 6 | 奈良時代 | |||||||
| 7 | 平安時代 | |||||||
| 8 | 鎌倉時代 | |||||||
| 9 | 室町時代 | |||||||
| 10 | 南北朝 | |||||||
| 11 | 戦国時代 | |||||||
| 12 | 安土桃山時代 | |||||||