「風土記逸文20221215」の版間の差分
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* 大三島 大山祇神社 乎知命(おちのみこと)手植えの樹齢2600年の楠 (2025.7.7 訪) | * 大三島 大山祇神社 乎知命(おちのみこと)手植えの樹齢2600年の楠 (2025.7.7 訪) | ||
* 熊野峯 熊野という船を安置したので熊野と呼ばれる | * 熊野峯 熊野という船を安置したので熊野と呼ばれる | ||
* | * 温泉(道後温泉)大穴持ちの命と少名彦の命が訪れて少名彦の命の病気が平癒。喜んで踊り、足跡が石に残っている(道後温泉本館2025.7.8) | ||
** 初めて訪れたのは景行天皇、続いて仲哀天皇と神功皇后、聖徳太子 | |||
=== 日本書記記述=== | === 日本書記記述=== | ||
* 温泉は大分の湯を引いて道後まで運んだ | * 温泉は大分の湯を引いて道後まで運んだ | ||
2025年8月5日 (火) 09:43時点における版
阿波国
- 箸墓古墳 最古 卑弥呼のゆかりと言われている
* 柄鏡えかがみ * 鏡は一般人が使っていた
- 邪馬台国(やまたいこく)=大和(やまと) 語源同じという説
- 犯罪者家族=ぬひ ->生口
外国に連れらていった記録あり
- 崇神天皇は大和以外も掌握しようとしていた
- 天武天皇時代から「天皇」を名乗っていた
- 日の本が国名になってから
- 藤原京の建造物 ->平城京 藤原不比等が作った
讃岐
伊予国風土記
- 乎知(おち)の郡 御嶋(みしま) 仁徳 オオヤマツミの神
- 大三島 大山祇神社 乎知命(おちのみこと)手植えの樹齢2600年の楠 (2025.7.7 訪)
- 熊野峯 熊野という船を安置したので熊野と呼ばれる
- 温泉(道後温泉)大穴持ちの命と少名彦の命が訪れて少名彦の命の病気が平癒。喜んで踊り、足跡が石に残っている(道後温泉本館2025.7.8)
- 初めて訪れたのは景行天皇、続いて仲哀天皇と神功皇后、聖徳太子
日本書記記述
- 温泉は大分の湯を引いて道後まで運んだ
- 足跡が石の上にある ->スクナヒコナノミコト 伝説 (2025.7.8 訪)
神河(みわがわ)
- 神に奉るために酒を醸造するのに使用、川の水
酒の発祥(縄文時代中期)
- 酒を醸造した土器がみつかっている
- 口に近い部分周のに穴が空いている
- 皮を張って太鼓の説もあり
- 実は醸造のときにガス抜きをしていたのではとかんがられている
- 噛み酒 ぶどう。汚れのない女性が作る
- 焼いたケーキ 自然薯が原料、実はこれを使って造ったのでは
- 椎の実(どんぐりよりアクが少ない)
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