社会と私1 20240509
提供:UselessNotes
社会と私1
デカルト
- 「すべてのことをなしうる神が存在し、この神によって私は、現にあるようなものとしてつくられたのだ、という意見である。それならば、この神は、実際には、地も、天も、延長をもつものも、形も、大きさも、場所もまったくないにもかかわらず、私にはこれらすべてが、現に見られるとおりに存在すると思われるようにしたかもしれないのである。」(大野哲也R『社会学が面白いほどわかる本』250頁より抜粋)
- 見えているものも>存在することの証明にはならない
- このように考察を深めていくと、「あらゆることを疑い否認する自己の実在だけは、どのようにしても排除できない」という結論に達する。
- 現存するすべては否定できるが、それをする自己が「ある」ことだけは否定できないから
ミード 自我について
- 客我「Me」と主我「I」 - 子供の頃からMeが家庭内で育まれる
・個人は社会からの期待を受けて自分の役割として振る舞う 社会的秩序
- それだけでは社会は変わらない - 社会に生きる人間の自由<個人の役割を離れて自由に振る舞う
- I 自分を主張する
ゴフマン
- 人間の日常は演技することでなりたっている - 裁判官は重々しく判決を言い - 医者は厳格。ジョークをいう医者もいるグループの緊張を和ませる
- FirstDrafts:2024.05.09
- Update:2025.05.15 Now:04:41